
ハラサオリ × 中村蓉:特別対談
【 二つの〈双面〉をめぐって 】
ハラサオリ × 中村蓉:特別対談
【 二つの〈双面〉をめぐって 】



この冬、「双面」という歌舞伎の演出をとりあげた二つの作品が上演される。
まず12月に上演されるのがハラサオリの演出・振付による『双面ディレイ』。年が明けた1月には横浜で中村蓉の振付・構成・演出による『BLINK双面改瞬間真似』が上演される。この二つの企画が近い時期に重なったのは、まったくの偶然であり奇縁である。二人はともにいくつかのめぐり合わせによって「双面」というモチーフに出会い、作品化に至った。歌舞伎的な〈シンクロニシティ〉をも連想させるこのチャレンジについて、旧知の二人が特別対談をおこなった。
———ダンサー・振付家でありアーティストであるハラサオリさんと中村蓉さんは、奇しくも同じタイミングで古典演目である「双面」を主題にした公演に携わることになりました。偶然の一致とのことですが、作品の制作に至るまでの過程などをお伺いできればと思います。中村さんは、どのようなきっかけで「双面」に取り掛かったのでしょうか。
中村:はい。2年ほど前に「吉祥寺シアター」で『fマクベス』という作品を上演したんですが、これはマクベスの戯曲の中にあらわれる「f」という文字、一番有名なのだと「きれいはきたない、きたないはきれい fair is foul ,foul is fair」というセリフがありますけど、マクベスに書かれているそんな「f」の文字を中心に話を読み解いて作った作品なんですね。それまでソロとかデュオが多かったんですけどここでは群舞の振り付けもしっかり作って、ちょっと私にとってターニング・ポイントになった作品なんですけど、そのアフタートークに長島確さんをお呼びしてお話をしたんですが、話をしているうちに「蓉さんは歌舞伎が似合うと思う」というようなことをおっしゃられて。で、わたし素直なんでそれから歌舞伎のリサーチをはじめて(笑)。なんですけど、歌舞伎ってジャンルは膨大で複雑じゃないですか。でもすごく面白いし、ドロドロしてるの大好きだからそういう話もたくさんあっていいんですけど、もうちょっとわたしなりの切り口で取り組める作品ってないかなって思ったときに、わたしのカンパニー(〈ヨウ+〉)のディレクターである内堀(愛菜)さんが、「双面」っていう演出形式がありますよって教えてくれて。歌舞伎における伝統的な演出の技法・形式のひとつとしての、そっくりな人が二人あらわれて、どちらかが亡霊だっていう演出ですね。その切り口で何か描きたいことを探してみる、というところから作品作りがスタートしました。お話の内容というよりは、たくさんの身体が使えそうな設定ってことで、パッとヴィジュアルのイメージが最初に出てきたという感じです。
ハラ:わたしも、「双面」に関しての知識は全くなかったんですが、去年の冬に『ポスト・ゴースト』(2024年初演)という作品を小暮香帆さんと共同で作ったんですね。その題材が歌舞伎、というか、歌舞伎の源流にあるとされる「出雲の阿国」の存在と、歌舞伎という芸能にあらわれている「幽霊」と「ジェンダー」っていうものへの興味が二人で重なって、そこから結構長くリサーチして作品を作りました。その公演が終わったところで「本物の常磐津を伴奏にした歌舞伎の演目をやってみないか」という話をこちらの(今回インタビュアーを務めている)大谷(能生)さんから振られて(笑)。伝統芸能側からのオファーに対して、ちょうど最近積み重ねていた知識とか思考とかを使って返せるかなと思いまして、お引き受けしたという次第です。
———たとえば、いわゆる「コンテンポラリー・ダンス」側からのアプローチとして、歌舞伎の演目も含む「古典」を援用して自分の作品を作る、というやり方は割合一般的なように思うのですが、今回自身の作品制作に参考に出来そうなクリエイションについて、もし何かご記憶しているものがあればお聞きしたいのですが。
ハラ:そうですね。そういう取り組みをしているダンス作品について、多分、今までそれほど自分の琴線に触れるものはなくて、自分としても直接「物語」を扱うことは避けてきたというところがあります。逆に蓉ちゃんは……原案ものって多いじゃない?
中村:そう……ですね。
ハラ:ほら、井上陽水の『リバーサイド・ホテル』とか。陽水のあの歌をすごい緻密に分析して、一人ミュージカル的な構成でやってましたよね。蓉ちゃんは物語を扱う振付家として本当にプロだと思ってます。
中村:確かに。『マクベス』も古典ですしね。あと「ジゼル」やったりとか。古典ってなんか突っ込み具合が良いっていうか、「ジゼル」だと、なんでアルブレヒトみたいなあんな出来の悪い奴を救うんだ、みたいな(笑)。もともとあった話にこっちの言い分を絡めるやり方で作ってみたりとか、コンテンツとしての幅があるんですね。最近だと、三谷幸喜さんが文楽を使ってやった作品(『人形ぎらい』)とか、人形がスケートボードで舞台を飛び回ったりして、人形独自のポテンシャルを感じて(笑)、普通にキャーって楽しく見ました。わたしは原作とか原案とかに向き合って、そういうものを読み取って自分の作品に生かす、みたいなタイプかもしれない。
ハラ:わたしはそういう作業をこれまでやって来なかったので、今回、「歌舞伎原作でやってみませんか?」というお誘いで、初めて脚本としての「物語」を読んでいます。自分にとって「なんで上演をやるか?」っていうと、基本、お話を伝えるためにではない。例えば過去作『Da Dad Dada』(2018初演)で「父親と自分の関係」を政治性や社会性とかに落とし込んで、「物語」というよりは「現象」として分析しながら作品化することを試みました。『ポスト・ゴースト』でも、特定の演目の物語は取り上げず、「歌舞伎」という芸能の中で起きた現象そのものについて、一番心が動いたんですね。でも今回の作業を通して、物語のさばき方というか、古典の料理の仕方を覚えたら、これからバンバン過去の芸能を使えるかもしれんと思って、いま絶賛取り組み中です(笑)。
———逆に、というか、「双面」の「物語」については、お二人はどのような印象をお持ちですか。
中村:わたしは最初は、「法界坊」を中村勘三郎さんがやった、串田和美演出の平成中村座の公演DVDを見まして。ストーリーっていうよりはやっぱり、「法界坊」と「お組」と、それを演じる「中村勘三郎」っていうものが重なって、勘三郎さんの身体が透けてゆくように見えるっていうレイヤーの仕組みが非常に心に残りました。法界坊を巡るストーリーは直接参照せずに、「双面」っていう古くて新しい演出、趣向?を使って現在の劇を想像出来たらと思っています。
ハラ:わたしもそこは似ていて、やっぱり話自体よりこの演出の仕組みに興味を持ちましたね。お話としては恨み辛みとバタバタっていう定番で、むしろシンプルな分だけいくらでも解釈が出来るし、一つの身体に二つの魂とか、逆に二つの身体が同じだとか、男性が女性を演じながら、そのまままた男性に戻るとか。わたしの『Da Dad Dada』では、死んだ父親を娘(私)が演じる、父と娘、男と女、生者と死者を交代させるという作業があって、その時に「娘が父について語る」的な「物語」にくっついちゃう社会的な意味みたいなものを分析して、その意味を剥ぎ取って記号化して……みたいなことはずっとやってたんですよね。それが10年くらい前のことで、今わたしは20代から30代になって、女性のパフォーマーとして社会的な意味も自身の身体も違って、持っている可能性が広がったり狭まったりするっていう、そういう女性特有の身体的なバイオリズムを感じていて。マテリアルとしての身体の経年の変化みたいな、この変化したマテリアルによってまた「男性」を演じるってことになった場合、やっぱり、父親を娘として演じてた頃とは全然意味が変わるな、とか。そういうことを普通に感想としていま、思っています。
中村:わかる。年齢というか、もうすでにウラ若い娘という年齢は超えてしまったという切なさもありつつ(笑)、自分の興味が経年変化によって移って来たことは感じていて。「双面」とクロスする部分で言うなら、原作というか「双面」を含んだ『隅田川続俤』(すみだがわごにちのおもかげ)っていう歌舞伎の演目は、能から派生した「隅田川」もののひとつなわけですが、息子を亡くしてその墓の前で悲しむ母、っていうモチーフがあって、もしかしてこれが作品の原点なのかもしれないっていうこの部分にいまフォーカスしていて、これは10年前には多分なかった発想かなあと。母親の気持ちとか……まあ、わたしは人の母ではまだないんですが(笑)、執着とかそういうものも含めて「母」みたいなものに視線が行くっていう視野の広がりが、自分の経年の変化によって生まれている。お能の「隅田川」が室町時代に出来て、それがさらに江戸に入って歌舞伎になって、「双面」っていう演出によってドヒャっと派手になって、その後もずっと残って、で、2025年になってわたしが興味を持つとこまで辿り着いた……っていう流れ自体を掴まえるというか、そういう時間をいまは「双面」から感じることが出来るようになっていて……。
ハラ:うんうん。やっぱり、原作細かくリサーチしてますね。蓉ちゃんは本当にコツコツと質の高いダンス作品をコンスタントにやり続けていて、日本の同世代でオンリーワンの「演出が出来る振付家」なんですよ。
中村:嬉しい! これちゃんと記事にしてくださいね(笑)。
ハラ:(笑)。蓉ちゃん、作品のディティールすっごい詰めるじゃん。そっから先に作るぐらいの勢いで。わたしは基本構造と態度しか考えてこなかったのですが今回は原作というか外枠がガッチリ決まっているんで、動きのディティールに挑戦という感じです。あと今回は衣装でHATRAが、これはわたしの要望で参加することが決まって、このあいだスタイリングをダンサー3人と事務所でやってきたんですけど、もう、歌舞伎に負けないくらい傾(かぶ)いてますね。ベルリンに長く住んでいた期間、いわゆるヨーロッパのクィア・カルチャーに直接触れることが出来て、日本のコンテンポラリー・ダンスシーンではそういったカルチャーに対する批評も文脈もまだまったく育ってないなあって思ってたら、実は日本では歌舞伎がもう、かなり昔に一通りやってたってことに気がつきまして。日本の芸能の捻れたジェンダー観を含め、そのあたりをあらためて文脈化して、作品として体現することは日本のアーティストとしての使命だと思っています。今回の公演はこちらが先行ですが、ファッションも含めてご期待ください。
(2025年12月2日収録。インタビュー/原稿構成:大谷能生)
上演予定
『双面ディレイ』
12月16日(火)19:00
12月17日(水)15:00/19:00
ユートリヤ(墨田区東向島)
ヨウ+新作『BLINK双面改瞬間真似』
2026年 1月16日(金)19:30
1月17日(土)13:00/17:30
1月18日(日)14:00
KAAT横浜芸術劇場大スタジオ (横浜市中区)
———ダンサー・振付家でありアーティストであるハラサオリさんと中村蓉さんは、奇しくも同じタイミングで古典演目である「双面」を主題にした公演に携わることになりました。偶然の一致とのことですが、作品の制作に至るまでの過程などをお伺いできればと思います。中村さんは、どのようなきっかけで「双面」に取り掛かったのでしょうか。
中村:はい。2年ほど前に「吉祥寺シアター」で『fマクベス』という作品を上演したんですが、これはマクベスの戯曲の中にあらわれる「f」という文字、一番有名なのだと「きれいはきたない、きたないはきれい fair is foul ,foul is fair」というセリフがありますけど、マクベスに書かれているそんな「f」の文字を中心に話を読み解いて作った作品なんですね。それまでソロとかデュオが多かったんですけどここでは群舞の振り付けもしっかり作って、ちょっと私にとってターニング・ポイントになった作品なんですけど、そのアフタートークに長島確さんをお呼びしてお話をしたんですが、話をしているうちに「蓉さんは歌舞伎が似合うと思う」というようなことをおっしゃられて。で、わたし素直なんでそれから歌舞伎のリサーチをはじめて(笑)。なんですけど、歌舞伎ってジャンルは膨大で複雑じゃないですか。でもすごく面白いし、ドロドロしてるの大好きだからそういう話もたくさんあっていいんですけど、もうちょっとわたしなりの切り口で取り組める作品ってないかなって思ったときに、わたしのカンパニー(〈ヨウ+〉)のディレクターである内堀(愛菜)さんが、「双面」っていう演出形式がありますよって教えてくれて。歌舞伎における伝統的な演出の技法・形式のひとつとしての、そっくりな人が二人あらわれて、どちらかが亡霊だっていう演出ですね。その切り口で何か描きたいことを探してみる、というところから作品作りがスタートしました。お話の内容というよりは、たくさんの身体が使えそうな設定ってことで、パッとヴィジュアルのイメージが最初に出てきたという感じです。
ハラ:わたしも、「双面」に関しての知識は全くなかったんですが、去年の冬に『ポスト・ゴースト』(2024年初演)という作品を小暮香帆さんと共同で作ったんですね。その題材が歌舞伎、というか、歌舞伎の源流にあるとされる「出雲の阿国」の存在と、歌舞伎という芸能にあらわれている「幽霊」と「ジェンダー」っていうものへの興味が二人で重なって、そこから結構長くリサーチして作品を作りました。その公演が終わったところで「本物の常磐津を伴奏にした歌舞伎の演目をやってみないか」という話をこちらの(今回インタビュアーを務めている)大谷(能生)さんから振られて(笑)。伝統芸能側からのオファーに対して、ちょうど最近積み重ねていた知識とか思考とかを使って返せるかなと思いまして、お引き受けしたという次第です。
———たとえば、いわゆる「コンテンポラリー・ダンス」側からのアプローチとして、歌舞伎の演目も含む「古典」を援用して自分の作品を作る、というやり方は割合一般的なように思うのですが、今回自身の作品制作に参考に出来そうなクリエイションについて、もし何かご記憶しているものがあればお聞きしたいのですが。
ハラ:そうですね。そういう取り組みをしているダンス作品について、多分、今までそれほど自分の琴線に触れるものはなくて、自分としても直接「物語」を扱うことは避けてきたというところがあります。逆に蓉ちゃんは……原案ものって多いじゃない?
中村:そう……ですね。
ハラ:ほら、井上陽水の『リバーサイド・ホテル』とか。陽水のあの歌をすごい緻密に分析して、一人ミュージカル的な構成でやってましたよね。蓉ちゃんは物語を扱う振付家として本当にプロだと思ってます。
中村:確かに。『マクベス』も古典ですしね。あと「ジゼル」やったりとか。古典ってなんか突っ込み具合が良いっていうか、「ジゼル」だと、なんでアルブレヒトみたいなあんな出来の悪い奴を救うんだ、みたいな(笑)。もともとあった話にこっちの言い分を絡めるやり方で作ってみたりとか、コンテンツとしての幅があるんですね。最近だと、三谷幸喜さんが文楽を使ってやった作品(『人形ぎらい』)とか、人形がスケートボードで舞台を飛び回ったりして、人形独自のポテンシャルを感じて(笑)、普通にキャーって楽しく見ました。わたしは原作とか原案とかに向き合って、そういうものを読み取って自分の作品に生かす、みたいなタイプかもしれない。
ハラ:わたしはそういう作業をこれまでやって来なかったので、今回、「歌舞伎原作でやってみませんか?」というお誘いで、初めて脚本としての「物語」を読んでいます。自分にとって「なんで上演をやるか?」っていうと、基本、お話を伝えるためにではない。例えば過去作『Da Dad Dada』(2018初演)で「父親と自分の関係」を政治性や社会性とかに落とし込んで、「物語」というよりは「現象」として分析しながら作品化することを試みました。『ポスト・ゴースト』でも、特定の演目の物語は取り上げず、「歌舞伎」という芸能の中で起きた現象そのものについて、一番心が動いたんですね。でも今回の作業を通して、物語のさばき方というか、古典の料理の仕方を覚えたら、これからバンバン過去の芸能を使えるかもしれんと思って、いま絶賛取り組み中です(笑)。
———逆に、というか、「双面」の「物語」については、お二人はどのような印象をお持ちですか。
中村:わたしは最初は、「法界坊」を中村勘三郎さんがやった、串田和美演出の平成中村座の公演DVDを見まして。ストーリーっていうよりはやっぱり、「法界坊」と「お組」と、それを演じる「中村勘三郎」っていうものが重なって、勘三郎さんの身体が透けてゆくように見えるっていうレイヤーの仕組みが非常に心に残りました。法界坊を巡るストーリーは直接参照せずに、「双面」っていう古くて新しい演出、趣向?を使って現在の劇を想像出来たらと思っています。
ハラ:わたしもそこは似ていて、やっぱり話自体よりこの演出の仕組みに興味を持ちましたね。お話としては恨み辛みとバタバタっていう定番で、むしろシンプルな分だけいくらでも解釈が出来るし、一つの身体に二つの魂とか、逆に二つの身体が同じだとか、男性が女性を演じながら、そのまままた男性に戻るとか。わたしの『Da Dad Dada』では、死んだ父親を娘(私)が演じる、父と娘、男と女、生者と死者を交代させるという作業があって、その時に「娘が父について語る」的な「物語」にくっついちゃう社会的な意味みたいなものを分析して、その意味を剥ぎ取って記号化して……みたいなことはずっとやってたんですよね。それが10年くらい前のことで、今わたしは20代から30代になって、女性のパフォーマーとして社会的な意味も自身の身体も違って、持っている可能性が広がったり狭まったりするっていう、そういう女性特有の身体的なバイオリズムを感じていて。マテリアルとしての身体の経年の変化みたいな、この変化したマテリアルによってまた「男性」を演じるってことになった場合、やっぱり、父親を娘として演じてた頃とは全然意味が変わるな、とか。そういうことを普通に感想としていま、思っています。
中村:わかる。年齢というか、もうすでにウラ若い娘という年齢は超えてしまったという切なさもありつつ(笑)、自分の興味が経年変化によって移って来たことは感じていて。「双面」とクロスする部分で言うなら、原作というか「双面」を含んだ『隅田川続俤』(すみだがわごにちのおもかげ)っていう歌舞伎の演目は、能から派生した「隅田川」もののひとつなわけですが、息子を亡くしてその墓の前で悲しむ母、っていうモチーフがあって、もしかしてこれが作品の原点なのかもしれないっていうこの部分にいまフォーカスしていて、これは10年前には多分なかった発想かなあと。母親の気持ちとか……まあ、わたしは人の母ではまだないんですが(笑)、執着とかそういうものも含めて「母」みたいなものに視線が行くっていう視野の広がりが、自分の経年の変化によって生まれている。お能の「隅田川」が室町時代に出来て、それがさらに江戸に入って歌舞伎になって、「双面」っていう演出によってドヒャっと派手になって、その後もずっと残って、で、2025年になってわたしが興味を持つとこまで辿り着いた……っていう流れ自体を掴まえるというか、そういう時間をいまは「双面」から感じることが出来るようになっていて……。
ハラ:うんうん。やっぱり、原作細かくリサーチしてますね。蓉ちゃんは本当にコツコツと質の高いダンス作品をコンスタントにやり続けていて、日本の同世代でオンリーワンの「演出が出来る振付家」なんですよ。
中村:嬉しい! これちゃんと記事にしてくださいね(笑)。
ハラ:(笑)。蓉ちゃん、作品のディティールすっごい詰めるじゃん。そっから先に作るぐらいの勢いで。わたしは基本構造と態度しか考えてこなかったのですが今回は原作というか外枠がガッチリ決まっているんで、動きのディティールに挑戦という感じです。あと今回は衣装でHATRAが、これはわたしの要望で参加することが決まって、このあいだスタイリングをダンサー3人と事務所でやってきたんですけど、もう、歌舞伎に負けないくらい傾(かぶ)いてますね。ベルリンに長く住んでいた期間、いわゆるヨーロッパのクィア・カルチャーに直接触れることが出来て、日本のコンテンポラリー・ダンスシーンではそういったカルチャーに対する批評も文脈もまだまったく育ってないなあって思ってたら、実は日本では歌舞伎がもう、かなり昔に一通りやってたってことに気がつきまして。日本の芸能の捻れたジェンダー観を含め、そのあたりをあらためて文脈化して、作品として体現することは日本のアーティストとしての使命だと思っています。今回の公演はこちらが先行ですが、ファッションも含めてご期待ください。
(2025年12月2日収録。インタビュー/原稿構成:大谷能生)
上演予定
『双面ディレイ』
12月16日(火)19:00
12月17日(水)15:00/19:00
ユートリヤ(墨田区東向島)
ヨウ+新作『BLINK双面改瞬間真似』
2026年 1月16日(金)19:30
1月17日(土)13:00/17:30
1月18日(日)14:00
KAAT横浜芸術劇場大スタジオ (横浜市中区)
チケット
双面(ふたおもて)ディレイ
Ghosts as Afterimages
双面(ふたおもて)とは?
「双面」というのは二人の人間がうりふたつ姿で出現し、どちらが本物かわからなくなったり、あるいは一人の人間に二つの魂魄が入り込んで多重人格になる演出をいいます。古くは能楽の『二人静』などにも見られるアイデアで、近世期には歌舞伎の趣向として多様されました。
「双面ディレイ」について
歌舞伎作品『法界坊』の大詰は隅田川を背景にした舞踊劇で通称を「双面」といいます。歌舞伎に多くある双面演目のうちでも、現行、もっとも上演頻度が高く、芝居から切り離された舞踊としても人気があります。
この作品では乞食坊主「法界坊」と高貴な「野分姫」の霊魂が合体した幽霊となり、あるときは男、あるときは女として現世を生きるお組・松若丸のカップルに執着します。現行のかたちでの初演は寛政十(1789)年、常磐津作品です。
今回の「双面ディレイ」はこの「双面」を現代のダンス・パフォーマンスとして再構築をこころみるものです。
ダンサーにはハラサオリほか二人の女性ダンサーを招聘。
音楽は常磐津和英太夫ほかによる伝統的演奏と、ジャズプレイヤー・作曲家として活動する大谷能生の「現在の音楽」をミックスします。
さらに、落語家の金原亭小駒たちによる茶番「象のサーカス」を間狂言として設定し、観客を作品世界へいざないます。
江戸時代の隅田川をモチーフにした古風な物語と、現代のパフォーマンスがズレながら重なり合うあらたな世界にご期待ください。
企画・構成・美術:
出演:
振付・演出:
常磐津:
衣装:
象のサーカス団:
作曲・編曲・演奏:
日程:
会場:
和田尚久
ハラサオリ モテギミユ 山田茉琳
ハラサオリ
(浄瑠璃)常磐津和英太夫 常磐津佐知太夫
(三味線)常磐津菊与志郎
HATRA
金原亭小駒 金原亭馬太郎 柳家小はだ
大谷能生
2025年 12月16日[火]・17日[水]
ユートリヤ マスターホール(東京・曳舟)
企画・構成・美術: 和田尚久
出演: ハラサオリ モテギミユ 山田茉琳
振付・演出: ハラサオリ
常磐津:(浄瑠璃)常磐津和英太夫 常磐津佐知太夫 (三味線)常磐津菊与志郎
衣装: HATRA
象のサーカス団: 金原亭小駒 金原亭馬太郎 柳家小はだ
作曲・編曲・演奏: 大谷能生
日程: 2025年 12月16日[火]・17日[水]
会場: ユートリヤ マスターホール(東京・曳舟)






主催: 一般社団法人ふらすこ、「隅田川 森羅万象 墨に夢」 実行委員会
共催: 墨田区
協賛: 東武鉄道株式会社
助成: 公益財団法人セゾン文化財団
※「隅田川 森羅万象 墨に夢」実行委員会事務局は(公財)墨田区文化振興財団が担っています。
©Frasco General incorporated Association